top of page

母のこと〜お誕生日〜

  • 5 日前
  • 読了時間: 3分

母のこと、

度々、描いてみようかなって

思い始めている。


正直に言ってしまうと

母とはあまり相性が良くなかった私だった。

でも、最近になって

急に

母の愛を理解できるようになった。

恥ずかしながら、51歳にして、やっとだ。


愛情表現がうんと下手な母は、

子供の頃から私のことを

絶対に褒めたりしないし、

外見のことなどを悪く言ってくるのが常だった。

だから、私は自分に自信が持てないことを

母のせいにもしていた。


だけど、

親の愛情というのは

表面的なものだけで見ると勘違いしやすいものなのだと

今はわかる。


なぜ急にわかるようになったかというと

今までのいろんな出来事、

母とのこと、家族とのこと、誰かとのこと、

様々な経験を積み重ねた結果、

立体的に物事が見れるようになったからだ。


人の気持ちや感じ方、愛情、様々な想い、

そういった類は決して単純ではないし

様々な角度によってみんな違う訳。

だから自分本位に決めつけてはいけないのだ。


特に父が亡くなった後、私は母に対して

いっぱい感情をぶつけてしまっていた。

父が亡くなったことをどこか母のせいにしていたようなところがあるし、

葬儀の際に、涙を一度も見せなかった母に対して、不信感が募っていた。

些細なことでも

母に対してイライラしてしまい、

父のお墓の前で母の悪口を言ったこともある。

そんな私に、夫や息子が静かにずっと寄り添い続けてくれていたことにも

今は気づくことができる。


先日、母のお誕生日に

お花とケーキを持って行った。

最近はすっかり年老いてしまったことを気にする母は、

写真を撮るのを嫌がる。

でも、せっかくだからお花と撮ろうって私が言うと

遠慮気味に笑ってくれた。


その写真を見ていたら

なんだかたまらない気持ちになった。

母は、昔から美人でそれが実は密かな私の自慢だった。

(私は父似なので母のような美人にはならなかったのだが・・)

今だって、充分美人だと思う。年老いたって関係ない。

でも、母の自信のない笑顔が私はとても寂しかった。

もっと堂々と笑ってほしいと思うのは、娘のワガママだろうか・・。

こんな風に勝手な娘のワガママに何も言わず、

全てを受け入れてくれていた母に、深い愛情を感じる。


母が生きているうちに少しづつ、母の想いに気づけるようになって

本当に良かったと思う。

母のお誕生日には、母の手作り料理をたくさん食べて、作り置きのおかずやお野菜をたくさん持ち帰り、帰宅してひとり、母の想いをちゃんと感じた。

ものすごく幸せな気持ちになった。

母が生きていること、母が作った料理が食べれること、全てに感謝したくなった。


父の葬儀で泣かなかった母は、

一人の時にはたくさん泣いていたのかもしれない。

ふと、そう思った私のそばで父の写真が微笑んだように感じた。










 
 
 

コメント


bottom of page