母のこと
- 2月8日
- 読了時間: 3分
たくさん家族のことを描いてきた私だが
実は
実母のことをブログに描いたことがなかった。
自分でもそれに気づいていて
何年か前に
描こうとしたことがあるのだが・・
どうしても
母の悪口のような・・
どこか母をジャッジしてしまうような
そんな文章になってしまうので
結局、母を描くのを諦めていた。
ずっと。
長いこと、ずっと・・。
そんな私が、
最近ふと、母に対して
無性に感謝の気持ちが溢れてしまう瞬間があった。
つい先日のこと。
車を運転中に、よちよち歩く小さい男の子を見かけた。
我が子の小さい頃の思い出と重なり、
何とも言えない気持ちになることがあったのだ。
『息子もあんな帽子かぶってたなぁ〜』とか、
『ちっちゃくて、たまらなく可愛いかったなぁ〜』とか、
当時の正直な気持ちがリアルに甦った。
だけど、実際には、
ほぼワンオペだった私の子育ては
必死すぎて
息子の存在を愛でる余裕は
とっても少なかったように思う。
本当は幸せなはずの子育ても
苦しいとか、大変とか、そっちの比重の方が大きかった。
その頃の私を全面的に
当たり前のようにフォローしてくれたのは
間違いなく母だった。
熱を出して保育園や学校を休むことが多かった息子を
母には、何度も面倒見てもらった。
だから、私はほとんど自分の仕事を休んだことが無い。
母が孫に対して注いでくれた愛情はもちろんわかっていたのだけれど・・。
そんなこんなの当時の記憶を思い起こしていたら、
突如として、なぜか
母の私に対しての愛情が
ほんと急に、
ぶわぁ〜っと、
私の中に流れ込んできた。
しかも、想像以上に大量だった。
泣きそうになった・・。
孫に対しては余裕に愛情表現してくれた母に
どこか素直になれず、
それを認めたくない自分が居たことにそっと気がついた。
母もね、私と妹をほぼワンオペで育てた。
大変だったと思う。
母は、愛情表現がうんと下手だった。
うん、そりゃそうだよ、仕方ないと思う。
今ならほんと納得できる。
母がおばあちゃんとして大活躍してくれた50代に
私も入り、やっと見えてきた全容だった。
母のデカすぎる、多分かなり馬鹿デカすぎる愛情を
受け取れる器が私の中に出来上がっためでたい瞬間だったと思う。
母に素直に
「今更だけど、本当にありがとう」って
伝えてみたら
「いいよ、そんなことわかってるから」だって。
母親ってのは
う〜ん、なんかすごいよね。
何でも許してくれる、受け入れてくれる。
それは子を産んですぐに出来上がるものでもなく
長い時間をかけて育つ母性愛というもの。
そして、一筋縄では育たない母性愛というものを
受け取る側も
理解するのに時間がかかるものなんだね、きっと。
頭で理解するよりも
心で感じてみたらもっと早くわかったのかもしれないけれど。
今回、大きな気づきを与えてくれた
日常のほんの一コマ。
よちよち歩く姿を見せてくれた見知らぬ僕ちゃんと親御さんの存在にも
心からの感謝が溢れる。





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